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2013年12月

2013年12月31日 (火)

今年もお世話になりました/お祝い

とうとう今年も最後の日となりました。
最近は更新ができない状況が続き、御心配おかけしました。
訪問くださった皆様へ、お詫びと感謝を込めて、

ありがとうございましたm(__)m

被害者仲間の皆様、大変お世話になりました。

ありがとうございましたm(__)m


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20年前娘が生まれ、3歳にならずに離婚、それ以来何回もの引っ越しをしてきました。
その時その時で、最も良い方法を選んできたつもりでしたが、すでに集団ストーカー・テクノロジー犯罪の被害者にされていたと、今ならわかります。

お腹の中にいた時からすでに被害者にされていたわたしの娘は、今年二十歳になりました。
中学2年生の秋、それまで我慢していた頭部への熱攻撃に耐えきれなくなり、不登校、試験の時だけ出席する状態で卒業し、高校は行けず、高認試験を受けて合格はしたものの、大学へも行けず、今は通信教育で学んでいます。けれども、勉強をしようとすると眠らされるので、なかなか思うように進んでいないようです。

二十歳になっても恋も知らず、中学生の時出来た二人の友達と会う事もできず、新しい友達もできそうにありません。
普通の若者の生活ができないからです。
この犯罪の被害者にされると、普通の生活ができなくなります。
子供は二十歳になったら親元から離れて暮らすべきだとわたしは考えておりますが、絶え間のない熱攻撃に晒されている娘は、睡眠中、頭を保冷してくれる人がいなければ,脳細胞はどんどん壊され、何年も持たないだろうと思われます。何も罪を犯してこなかった、これからもまっとうに生きたいと願っている娘を、そんなふうにすることはできません。それで、被害者にされているとも知らずに娘を産んだわたしは、この犯罪を撲滅するまでは死ぬ事ができないと思っています。


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28日に、ミランダさんとレックスさんの結婚祝いのささやかな食事会をしました。
これまで一緒に街宣をしたり、ミランダさんの苦闘をブログで拝見していた被害者仲間として、お二人の結婚はとてもとても、嬉しいことでした。

ところが、その数日前、ある被害者仲間Xさんからメールがきました。
Xさんから個人的にメールがくることはなかったものですから、一瞬喜んだのですが、内容は、お二人の不仲をにおわせるものでした。

それで、そのメールは加害工作だろうと思いながらも、絶対という事はできませんので、さしさわりのない返信をしておきました。

それまでXさんからはメールが全くなかったのに、突然ミランダさんにとって不利な状態を書いてあったこと、また、もし本当にXさんであったとしたら、わたしにではなく、ミランダさんに直接メールをされたであろうこと、また、ミランダさんと数日後に会う事になっていたわたしにメールしてきたこと、などを考えあわせて、このメールはミランダさんに嫌な思いをさせるため、わたしを使ってミランダさんと本当のXさんの離間工作をさせるため、と思われました。それでわたしは、ミランダさんにそのメールのことは話しませんでした。

集団ストーカー被害者の会は、立ちあげの時から、この犯罪撲滅のため周知活動に力を入れて活動してきました。街宣は日本中に広がり、今年はデモ行進も出来るまでになりました。また、いくつかある被害者の会への影響も大きいと思われます。そういうことから、この会への加害側からの攻撃は常にあり、特に離間工作はしつこくしつこく行われてきました。それに惑わされ、騙されて、被害者同士が反目しあったりしたこともあったのです。

ミランダさんが今日付のブログ記事に書かれているように、
http://sakuranbonokisethu.blog.fc2.com/

>離間工作にもいろいろありますが、
>『被害撲滅』という目的だけを見続けていれば、
>矛先が被害者に向かう事はないように思います。

>加害者は巧妙ですよ。


と、わたしも実感しています。


10年前に集団ストーカー・テクノロジー犯罪の被害者の自覚をさせられて以来、嬉しい事や楽しい事はほんのわずかであったと思います。ほとんどの時間を、様々な攻撃による苦しみの中で生きてきました。特に、子供も被害者にされて苦しんでいる姿をどうする事もできずに見守らなければならなかった辛い10年でした。

そんな中、特にハイテク被害の酷い中、仕事も周知活動も目いっぱい頑張ってこられたミランダさんとレックスさんの御結婚は、本当に嬉しいものでした。
この犯罪の被害者にされると、人間関係を破壊されますので、お二人が信頼し合い、助け合って共に生きて行かれる決意をされた事は、被害者仲間として、本当に、ほんとうに、嬉しい事です。

心から、お祝い申し上げます。


すべての被害者仲間の皆さん、どうぞ、一緒にお二人を祝福してくださいね


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加害側の離間工作はこれからもっと強烈になると予想されます。
わたし達は孤立しないように、しっかり連帯していきましょう。
特に、メールや電話は加害工作に頻繁に使われています。
そのことを常に心に留めていたいと思います。

明日からは新しい年が始まります。
2014年は、集団ストーカー・テクノロジー犯罪の撲滅に向けて、益々連帯を強めていきましょう
わたし達は必ず、勝利します。

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2013年12月26日 (木)

街宣仲間への私的お知らせ

ある被害者仲間のための集いをしたいと思い、街宣仲間にメールをしましたが、返信があったのはお二人だけでした。他の方にはメールが届いていないか、あるいはわたしのPCが受け付けないようにされているかでしょう。メールや電話、手紙への加害側の介入妨害は何年も前から続いています。
九州地方の街宣仲間の皆さん、早急にご連絡ください。

私自身の携帯電話は、節約のため11月30日に解約しましたので、葵の携帯だけになりました。固定電話はありません。
また、引っ越しをした後まだ荷物を整理できていませんので、住所録が手元に無く、こちらから電話ができませんので、葵の電話番号をご存知の方はそちらにかけてください。


福岡街宣に参加された事のある被害者仲間の皆さんへ、

12月28日、小倉駅近辺で昼食会をします。
参加できる方は至急ご連絡ください。
連絡方法は、ここのコメント欄では届かない事がありますので、メールか、MLのメッセージ欄へお願致します。また、skypeのチャット欄でもかまいません。
特にガブラスさん、エーデルワイスさん、連絡が届いていないようですので、よろしくお願い致します。

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2013年12月 5日 (木)

特定秘密保護法案が強硬採決されましたが・・・

長崎から福岡に引っ越しました。
以前からの個人的なことでの忙しさと合わせてなかなか落ち着かず、ブログをしばらく更新できませんでした。
御心配下さった皆様、申し訳ありませんでした。葵とわたしは、相変わらずの被害を受けていますが、なんとか頑張っております。


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さて、今日は心配していた特定秘密保護法案が参院で強硬採決されて、法案が成立してしまいました。*
ラジオでは、この法律の施行は1年後といっていましたので、その間にこの法案廃止の盛り上がりを作り、国会議員を動かす事ができれば、法案を廃止する事ができると思います。

この法案は全国民にとって、恐ろしいものです。特に集団ストーカー・テクノロジー犯罪被害者にとって、暗黒の世界になることは間違いありません。
街宣で訴えた事が、秘密保護法に違反するとして逮捕される事も充分ありえます。

もはや、右翼だの左翼だの言っている事態ではありません。
戦争したくない人、自由な発言をしたい人は、すべての思想の垣根を乗り越えて、一致団結してこの、悪魔の法を撤廃させましょう!!!

yahooで秘密保護法案を検索したら、次の記事がありました。
少し長いですがとても分かり易く書かれていますので、是非、ご覧ください。


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131205-00010000-fsight-soci

ーーー転載始めーーー

. 私はなぜ特定秘密保護法案に反対するのか
フォーサイト 12月5日(木)11時57分配信

 私はこのたび、「特定秘密保護法案に反対する学者の会」の賛同人に加わりました。フォーサイト編集部から機会をあたえていただきましたので、ここでなぜ私がこの法案に反対するのか、少しお話しさせていただければと思います。

 私は政治学者です。1人の市民として、現代日本社会の諸問題について意見をもっていますが、今回はとくに政治学者として、この法案には大きな問題があると考え、あえて行動することにしました。

 政治学者としてこだわるのはまず、「政治における真実はどのようにして明らかにされるべきか」ということです。なるほど、政治において、「秘密」がつねにつきまとうのは確かです。とくに国家の安全保障に関して、少なくとも同時代的には公開できない事実があることは、私も認めます。重要な機密が諸外国に筒抜けになれば、交渉などにおいて重大な不利をもたらすでしょう。

 とはいえ、このような「秘密」の範囲が無制限に拡大すれば、どうなるでしょうか。為政者は自らにとって望ましくない事実をすべて「秘密」にするでしょうし、市民が政治的判断を下すにあたって重要な情報が知らされないという事態も生じかねません。かつて、自国の置かれた客観的状況が報じられることのないままに、戦争への道へとつき進んでいった我が国にとって、このことはとくに深刻です。

 それでは、何を「秘密」とするのが正当なのでしょうか。ここまでは正当というように、明確な一線を引くことができるのでしょうか。もちろん、唯一正しい答えがあるとは思われません。とはいえ、どこまでを「秘密」とすることが政治的に許されるのか、真摯な検討がなされたのか、私には疑問が残ります。

 例えば町村信孝元官房長官は、取材に対し「まっとうな取材で逮捕はない」と答えています。しかしながら、何が「まっとうな取材」なのでしょうか。他方で町村氏は、衆議院の国家安全保障 特別委員会で、「国内の有害な活動にも対処すべき」と発言しています。それでは「有害」とは何なのでしょう。

 肝心なところで、「まっとう」にやっていれば問題ない、「有害」かどうかはこちらで判断するという、一方的な態度が目立つのが今回の法案の特徴です。おそらく、このような態度にこそ、この法案の危険の本質があると思われます。

■対話を拒絶する態度

 ちなみに、自民党の石破茂幹事長は、特定秘密保護法案に反対するデモ活動を「テロと本質的に変わらない」と発言しました。自らこそが民意を受けて立法を行なうと自負する代議士が、議会外の直接的な政治的意志表明に対して否定的な態度をとることは珍しくありません。とはいえ、暴力的手段をとらず、合法的に行なわれるデモを「テロ」と呼ぶのは、後に撤回したとはいえ、尋常ではありません。

 ここに見られるのは、自分たちだけが民意の代表者であり、他の人間が口を出すことは許せないという姿勢です。しかしながら、現在の議員たちを選んだ選挙では、この法案は争点になっていません。そうである以上、「そのような意志を託したつもりはない」と市民が声を上げることは不当ではありません。

 もし政治家として、どうしてもこの法案が必要であると考えるならば、言葉を尽くして、その意義を説明し、人々が抱く不安や懸念を解消すべく努めるべきでしょう。それなのにむしろ、デモを「テロ」呼ばわりするとは、対話を拒絶する姿勢と受けとられても仕方ありません。

 もちろん、デモをする側がつねに正しいとは限りません。しかしながら、政治家としてあるべき姿とは、最後まで議を尽くし、自らの判断を歴史の審判に委ねることです。そこで求められるのは、歴史という法廷の前に自らが立たされているという謙虚な姿勢ではないでしょうか。石破幹事長の発言に、そのような謙虚さがあるとは思えません。

 私は政治における真実とは、最終的にはすべて歴史において検証されるべきであると考えています。その意味で、公文書は原則として30年たてば公開されると定めたアメリカの情報公開法など、「秘密」を最後は公開していくというのが世界的な潮流です。そこにあるのは、政治においては何を「秘密」とすべきか、明確な一線を引けないからこそ、最後は歴史において審判を受けるべきだという信念です。

 情報公開法に対しても消極的な現在の政治家たちに、はたしてそのような信念があるのかどうか。そのような信念が共有されていない状況で、このような法案を成立させていいのだろうかという懸念が、私を反対運動へと駆り立てるのです。

■「人の支配」への危惧

 政治学者として私が特定秘密保護法案に反対するもう1つの理由は、権力分立の危機にあります。私は、あらゆる権力機関の暴走は、他の権力機関によって歯止めがかけられるべきだと信じています。その意味で、今回の法案には、そのような意味での権力分立を破壊し、最終的には政治システム全体の危機をもたらす危険性があるのではないかと危惧しています。

 というのも、すでに述べたように、何が「秘密」であるのかを判断するのは各省庁であり、最終的にその妥当性をチェックするのも行政機関の内部に設置される組織です。要するに、すべての過程は行政権の内部に封じ込められて、外部からの批判や検証を受け付けないということになります。

 仮に、この法に基づいて処罰が行なわれても、それに対する異議申し立てはどこからもなされず、不満をもつ人も、それを世に問うことができないのです。

 多くの批判がなされているように、今回の法案は「秘密」の定義がきわめてあいまいで包括的です。しかも「秘密」を漏えいするばかりでなく、取得する行為も処罰の対象になるので、対象がどこまで拡がるかもわかりません。その気になれば何でもできる権力を、今回の法案は行政権に授権することになるのです。

 例えば、国会議員が議会での質疑応答で「秘密」を漏えいすることになった場合、議員の不逮捕特権はどうなるのでしょうか。また議会のもつ国政調査権が制限されることはないのでしょうか。しばしば「第4の権力」とされてきたジャーナリストの活動が、この法によって萎縮するのではないかという声が、あちこちから噴出しています。

 恐ろしいのは、現実にこの法で処罰されることばかりではありません。あまりにあいまいで包括的な内容をもつこの法がどのように運用されるかわからない不安から、各自がその活動を自粛するようになれば、その弊害はどこまでも拡大するでしょう。

 このような危険性をはらんだ法律には、少なくとも司法によるチェックの機会を設ける必要がある と思います。この法律によって処分を受けたものが不服をもつ場合、裁判による救済を受けることが不可欠です。ところが、今のままではその保証がありませんし、仮に裁判にもちこまれても、「秘密」の内容が明らかにされないままです。

 どれだけ優れた人々を集めたとしても、ある権力機関は自らだけでは、十分な自己批判能力をもちえません。他の権力によるチェックの仕組みをビルトインしなければ、やがてその暴走を防げなくなります。

 権力分立とは精密にできたシステムです。今回の法案は、このシステムのバランスを大きく崩す危険性をはらんでいます。この法は国家と国民の生活を安全にすることを謳っていますが、むしろ政治システムを崩壊させることで、国家と国民の生活を危険へと追いやるのではないかと思えてなりません。

 世界の中には、事実上、権力分立の仕組みを備えておらず、結果として法の支配が成立しないでいる国家があります。権力分立がなければ最後は人次第になり、「法の支配」ではなく、「人の支配」になってしまいます 。日本がそのような国家の仲間入りをすることを私は望みません。

■「後の祭り」の恐ろしさ

 実際には、そんな無茶な運用はされないだろうという意見もあるかもしれません。実際、この法案を推進する人々は、あくまで常識の範囲内で運用されるので、安心して欲しいと言います。普通に暮らす多くの人々には関係のない法だと、彼らは言います。

 とはいえ、そのように言う人は、この法が未来永劫、常識の範囲内で運用され続けると保証することができるのでしょうか。法とは1度つくられれば、それをつくった人々の意図を越えて、自己運動を開始します。後になって、「そんなつもりではなかった」と言っても、後の祭りとなるのが立法の恐ろしさです。

 一般の人でも、公務員から意図しないままに情報を得てしまい、後から「秘密を取得する行為だ」として処罰されることがあるかもしれません。

 そもそも、特定の人間の善意や良識に頼らなければならないということだけで、その法は悪法なのです。政治家たちの発言にも見られるように、政治的な懐の深さが失われた時代に、きわめてあいまいで包括的な内容の法をつくれば、その帰結は明らかであると言わざるをえません。


東京大学社会科学研究所教授・宇野重規


ーーー転載終わりーーー


*申し訳ありません。法案は今の段階では成立していないようです。

強硬採決されたのは参院国家安全保障特別委員会でのことで、この後、参院本会議に提出されたとのことです。
(12月6日午前2時6分)

http://news.biglobe.ne.jp/topics/domestic/1205/54422.html


ーーー引用始めーーー

臨時国会の会期末(6日)を目前に、政府・与党は5日夜に開かれた参院本会議での可決・成立を目指して同法案を緊急上程したが、野党の強い反発を受けて採決は見送られ、6日以降にずれ込むことになった


ーーー引用終わりーーー

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