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2011年12月

2011年12月31日 (土)

今年も1年ありがとうございました。

3月11日に福島原発が爆発事故を起こし、放射能汚染から逃れて長崎に住むことになりました。

色々と書きたいことはありましたが、なかなか書くことができず、消化不良の状態で今まできました。
けれども、そんななかでも、コメントをいただき、励まされて、どうにか今もブログを続けております。

」ハイテク被害者は、いつ何が起こるかわからない状況に置かれています。そんな中で、いく人もの被害者仲間と知り合い、特に、被害者でない方ともコメントやメールのやり取りが始まったことは、幸せなことでした。

街宣活動やその他の活動を通して、仲間同士の連帯が強められ、また、周知も進んできたと実感することができました。

この上ない悪辣な集団ストーカー犯罪・ハイテク犯罪を撲滅・法規制をかけるため、来年はさらに力を入れて活動を広げていきたいと願っております。
この1年、わたしのつたないブログを読んでくださり、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。


皆様、どうぞ、良いお年をお迎えください。

世界中の人たちが、一人の例外もなく幸せになれますように。
世界中の生き物が、理不尽に傷つけられたり、殺されたりしない世に、1日も早くなりますように。

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2011年12月25日 (日)

チェ・ゲバラの暦を買う  (キューバへ(4)

街の静かな、木陰の多い道を散歩していたら、ひっそりした公館らしい建物があり、チェ・ゲバラの印刷物を売っているようなので、はいってみた。
静かでお客もいなかったので躊躇していたら、建物の中でスタッフらしい人をみかけたので、聞いてみた。するとその人は私を案内してくれた。
小さめの部屋に入ると、チェ・ゲバラのティーシャツや、帽子や、バッヂ、ステッカーなどがあった。これが欲しいと思うと、それはひとつだけなので売れないといわれ、何かないかと見ると、暦が目に入った。嬉しくなってそれを買痛いといった。。ちょっと高めだったので、案内の人がどうも、交渉してくれたようだけれども、お店の人は頑として断った。それでもなお、いってくれたけれども、わたしは、
「ありがとうございます。この値段で買います。」
と代金を払った。
お店の人は愛想がなかったけれども、案内の人は親切だった。出口まで、また連れて行ってくれて、安くしてあげられなかった残念だというかおをしてくれたので、
「この暦がとっても気に入ったから買えて嬉しい。ありがとうございます。」
と言ってそこを出た。

キューバでは、チェ。ゲバラの肖像がいたるところで見られる。硬貨のひとつにも彼の顔が書いてある。ゲバラはもともとキューバ人ではなかったのに、どんなに愛されているか、よくわかる。

カストロと一緒に革命を成し遂げた英雄として、キューバ人に敬愛されているゲバラ。

アーネスト・ゲバラはアルゼンチンで生まれた。両親が中産階級だったので、何不自由なくそだったけれども、ぜんそくの持病があり、両親は病気を治すために何度も引っ越しをした。
幼いころから、喘息に苦しめられてきたが、ゲバラは弱音を吐かなかったというので、さすが英雄と呼ばれるようになる人は違うものだというかんじだけれど、それでも、やはり人間で、若いころ、人生の目標を求めて放浪の旅に出ている。他国への貧乏旅行で、彼は世の中のことを知り、自分が、虐げられている人たちのために役に立ちたいと思うようになった。
ただ、行動を起こすまでにはしばらくの時間が必要で、後に英雄と呼ばれるようになった人であっても、やはり、試行錯誤や、悩みや、弱さがあったということだ。あれほどの人でも、悩んだ時期はあったということで、ますます、親近感がわいてくる。
(詳しくは戸井十月氏の書かれた「ロシナンテの肋」という本に書いてあります。
この本はお勧めです。)

暦のゲバラは、嬉しそうに、屈託なく笑っていた。
その1枚だけをよく覚えている。
今手元にないのは、(キューバ滞在中に壁に貼っていたのに) なんと持って帰るのを忘れてしまったのだ!
けれども、彼の笑顔はしっかりと脳裏に焼きつけられている。:

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2011年12月22日 (木)

A(長崎の被害者です)さんのコメント

このブログのコメント欄に何度投稿しても、拒否されているとのことで、拒否されているということは、Aさんを孤立させたいか、Aさんのコメントを公開させたくないか、のどちらかかと思いますので、記事としてUPさせていただくことにしました。


ーーーーAさんのコメントの1部ーーーー


話は変わりますが、
どう言っても、私のかすかな記憶に残っている直接加害者達が (私のこれまで
に関わってきていた人たちであっても、大切な・大好きだった人であっても)、
こんなことに 手を染めていることは 許されないことです。
「してはならないことは してはならない!」

してはならないことに 理由をつけ屁理屈をつけ、正当化してきているから、こ
んなことを 公的な 国家が大手を振ってやってしまっている。そうして次々に
 後に引けない”アリ地獄”に 入り込んで、また戦争への歴史を繰り返すような
流れに向かってる。 国家乗っ取りテロリストが 既に国のトップに 入り込ん
で、国民を守らない日本の国家。そうとしか 私には見えない。
誰が そんな日本や世界の悪化にブレーキをかけるのか・・・誰が犠牲になるの
か・・・
そう思って 誰もが傷つくことを恐れているうちに、こんな人体実験が 世の中
にはびこり、直接加害者達もそれぞれの組織の活動資金稼ぎのためにとか 国の
科学技術のためにと そこにしか目が向いていなかったから、戻れなくなってい
る。
たとえ この人体実験の事を 世の中に知らせて辞めさせたいと思っても 犯罪
加害者としての汚名を もっと国の上層部を牛耳っている者たちから 着せられ
る。・・「トカゲの尻尾切り」として 今までも処理されているようにしか受け
取れない。
私の直接加害者達が この約2年間の加害・人体実験の経過の中で こんな心の
流れに変わってきています。
「トカゲの尻尾切り」ではなく 根本的に こんな犯罪・人権無視の実験を や
めさせるには どうあればいいのか・・・
早く 解決してほしいです。

本当に必要なことは 人を愛することだと思います。

”汝 隣人を愛せよ”という、その言葉を 批判しているような、そんな 財閥の
リーダーや政治家・研究者に ”人間”が何なのか、どうあれば幸せなのかは い
つまでも永遠に辿り着かないことでしょう・・・
お金にしか執着しない人間に 本当の幸福はやってこない。
”人は裸で生まれて、魂だけでこの世を去ってゆく。”
死ぬ瞬間に 後悔するようなそんな人生にはなりたくない!
早く たくさんの被害者の 直接加害者にも その点に気づいてもらえたらと思
います!私の大好きだった人にも・・・

ーーーーコメント終わりーーーー

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2011年12月20日 (火)

長崎は南国なので

たまには癒しの風景などを。。。


Hi3g0244

ホームセンター近くのバス停で

Photo


ほかのバス停

Hi3g0260

走っているバスから撮ったので、あまりよく撮れていません。

Hi3g0258

シャッターを押した1秒後の映像

Hi3g0261

家から2番目に近い港


長崎半島の中ごろには、岳路という所があって、絶景です。以前から紹介したくてたまらなかったのですが、バスの中からでは無理だと分かりましたので、そのうち、じっくり行ってみます。お楽しみに♪


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2011年12月18日 (日)

コメントの受け取り拒否

最近コメントが少なくなったのは、自分の記事に魅力がないためかと思っていたら、昨日、ある方から

「ブログの方へのコメントを サイト自体から拒否されているので サニナさんに嫌われているのかと思って心配になりました。」

というメールをいただきました。
以前ほかの方からもそういう連絡がありましたので、加害側に切られてしまっているコメントがあることがわかります。

皆様、コメントを送信しても拒否された場合、どうぞ他の被害者の方のブログに送信してください。
また、そういうコメントをご覧になった方は、それを拡散していただけるとありがたいです。そういうことでも、ハイテク犯罪の証明に役立つと思います。
よろしくお願いいたします。

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被害者仲間からの情報

A(長崎の被害者です)様からコメントをいただきましたが、ハイテク技術関連の情報ですので、記事として紹介させていただきます。

ーーーー転載始めーーーー

いつも返信を下さりありがとうございます!

[NHKサイエンスZERO]のことでしょうか?
以前から それをお知らせし続けて 他の方のブログにも書き続けたのは私や私
のBMI操作をしている加害者です。
夏ころにNHKテレビ放送すると言う番組宣伝をたまたま見て それで直接視聴
を既にしたのですが、その内容が この被害を与える人体実験の器械に使われて
いるのではと感じたものですから・・それで書きこんでいたのです。
その番組に出演されていた先生の名前も既に書き込ませていたと思うのですが・・

それと 昨年も同じテーマでその先生が出演されて放送されています。

でも その放送よりも 同じNHK教育ですが 「高校講座・物理」を ご覧に
なりませんか?
その方が もっと 判り易くなりますよ!
いまどきの高校生で 物理を選択して学ぶと ここまで電磁波について学ぶんだ
と言う事も判りますし、対策についても この内容ぐらい理解していないとなか
なか出来ない様です。でも放送の内容は説明が 具体的で判り易いです。しかも
 人体電界についても 新しい技術を紹介していますよ!
 NHK高校講座 | 物理
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/
ここの生物の講座にも関連した内容が 入っています。
無料視聴できるようになっています。


ーーーー転載終わりーーーー


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2011年12月17日 (土)

侵入に対する防御(1)

加害者の侵入を防ぐことは難しく、、いろいろためしてきましたが、最近はこのようにしています。
後ですっかり同じものが作れないように携帯で写真に撮り、印刷します。それを日記帳に貼り付けます。その上から、ボールペンで裏に跡が残るほど強く日付と時刻をかきます。ドアーを開けるときにはそれと実物を照合します。


Hi3g0208


2011年12月13日 家の中、玄関と台所の間のドアー


Hi3g0210_3


同日玄関の内側


マインドコントロールされても開けることができない鍵、というものがあればとつくづく思います。

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2011年12月16日 (金)

不自然な形

常に人工的な感じを受けていますが、証拠をなかなか撮ることができません。
けれども、稀に撮影できることがあります。何も考えていない時、すばやく撮れると、成功します。とろうと考えている時は加害者がお茶を遠隔からかき混ぜてくるので、このような形にはなりません。


Hi3g0141

2011年11月27日23時24分


Hi3g0143

2011年11月28日2時09分


Hi3g0156

2011年12月3日5時28分

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2011年12月15日 (木)

今日、新橋街宣があります

ーーーーデンチョウさんのブログより転載ーーーー


12月15日(木)新橋街宣

集合場所はSL広場です。

17:00~

撮影有り:マスク・サングラス・帽子・お面・着ぐるみ大歓迎


ーーーー転載終わりーーーー

最近、「集団ストーカー被害者の会ネットワーク」への新たな参加者が増え、街宣活動が活発になってきました。

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2011年12月14日 (水)

小さなマインド・コントロールと記憶の消去

Hi3g0080


この写真は、娘が眠っている間にふと気がついたら、爪が少し切り取られていたのに気がついて携帯で撮ったものです。右手の人差し指の爪先が、ほんの少し切り取られています。娘は眠っていましたし、ほかにだれもいませんので、わたしが切ったのだと思われます。マインドコントロールされて爪を切り、記憶をけされたのでしょう。


::
SDカードを入れてもPCが反応しなかったため、カードリーダー/ライターを買いました。600円くらいだったそうです。

これは、娘がKFさんに教えていただいて一ヶ月以上前ネット通販で買ったものですが、届いたものをわたしも見ていたはずなのに、すっかり忘れていました。そして、PCを悪くされているのだから画像をUPできないと暗い気持ちでいたのですが、娘は私に、カードリーダーを見せたと言います。こんなに便利で安いものを思い出せないのは、記憶を消されたからでしょう。

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2011年12月13日 (火)

キューバへ (3)

キューバでの日々を思い出すと、嬉しいことと思いだしたくないことが入り乱れて複雑な気持ちになる。
ただ、はっきり言えることは、この犯罪がなかったら、私はキューバに永住する気になっただろうということ。
この犯罪がなかったら、一つを除いてすべてが楽しい思い出となっただろうということ。

けれども、はるか離れたあの国にも、加害組織はしつこく追ってきた。と言うより、加害組織の人間がすでにあの国にも入り込んでいた、ということだ。
ある日、散歩をしていたら、わたしをじっとにらみながら向こうから歩いてくる若い日本女性がいた。すれ違って行ってしまうまで、じっと私を睨んでいた。学生かも知れないと思い、土地の人に聞いてみると、ハバナ大学は日本の創価大学と交換留学をしているということだった。暗澹たるきもちになった。信じられないことだった。いったいどうやって、創価はキューバをだまくらかしたんだろう?!

どうしてわたしがそれほどびっくりしたか、それは宗教法人が経営している大学とキューバの国立大学であるハバナ大学の交換留学だからではない。
創価学会の性格、何を今までやってきたか、フランスや他のいくつかの国で正式にカルト指定されているほど反社会的な創価学会との交換留学だからだ。
ハバナ大学が、創価の本質を分かっているとは思えない。けれども、知らないうちに創価の影響は人々の中に浸透していっている。

ある日、商店街を歩いていたら、「南無妙法蓮華経!」と聞こえたので、声のほうを振り返ると、若い男性がわたしをじっと睨んでいた。


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2011年12月 9日 (金)

キューバへ(2)

日本からキューバへは直行便が出ていない、安いパッケージツアーもない(当時)、という事で、仕方なしにカナダのトロントで一泊し、次にメキシコのカンクンで一泊し、また飛行機に乗ってやっとキューバの首都ハバナについた。
往復航空券のみ買ってあったので、トロントでもカンクンでもハバナでも、空港でホテルの予約をし、そこに向かった。

飛行機の中でも、どこでも、加害者は攻撃してきた。その頃の攻撃は脚に針で刺すようなピリピリした痛みで、神経をまいらせられた。また、胸の中心をを痛くする攻撃もあり、それに対してはステンレス製の厚手の鍋の蓋が役に立った。大抵、加害者は特定できたので、その加害者に向かってその蓋の裏を向けると、ビームは蓋が受け止め反射させ、加害者に帰っていく。カンクン空港の待合所の椅子に座っていた時加害者はもぞもぞ動いて不思議そうにしていたが、やがて自分の発したビームの痛みに耐えかねて、ついに立ち上がった。その加害者が離れてしばらくは胸の痛みは来なくなった。

その加害者が、ある、ブースに入って行き少し話してから出て行くのを見て、私はそのブースに向かった。そして、そこの従業員に、彼はどんな人なのか聞いた。この空港のセキュリティだとのことだった。その加害者は私が何を話しているのか気になったらしく、戻ってきた。私がほんとうにセキュリティかと聞くと、名札を見せた。名前を隠そうとするのではっきりと名前を問いただした。名字だけ言った。痛いビームを寄こしたのはあなたでしょう、と問いただすと否定した。やめてちょうだい!あなただってわかっているのだから。とはっきり言ってもっと詳しく聞こうとしたが、加害者は慌てて立ち去った。(以前の記事から引用)

私は少なからずショックだった。空港のセキュリティが加害者なんて!個人的にやっていたのではなく、彼らは仕事として私に攻撃してきたのだった。
いったい、どのような関連で日本からメキシコのセキュリティに連絡が来たのだろうか?まるでわたしが国際的な犯罪者ででもあるかのようではないか!特別何の能力もない、犯罪も犯していない、地位もない、お金持ちでもない、平凡な人間を、いったい何の理由でこのように追いかけまわすのか?
そのころのわたしには、まったく想像もつかず、ただただ腹の立つ状況だった。

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2011年12月 1日 (木)

キューバへ (1)

ブログの記事を書き始めたら、とたんに娘がふだんにない大きな声で歌いだした。
私は、不器用なたちなので、何かを書こうとしている時そばで話し声がすると考えがまとまらない。

娘もわたしも、歌は聞くのも歌うのも大好きだが、机に向かっている時娘が大きな声で歌うということはまず、ない。なので、加害者がわたしに今日の記事を書かせたくないために邪魔をしているのだと思う。けれども私は、「転んでもただでは起きない」というのに憧れているので、この記事を書き始めた。

すると今、娘は急に歌うのをやめた。


さて、キューバへ行ったときのことを書こうとしていたのだった。

2002年の12月、娘と一緒にキューバに向かった。

ハイテク犯罪の被害者であると思い知らされたのは、その年の11月だった。
どうしてキューバに行こうと思ったかと言うと、ハイテク攻撃を初めて自覚した時の加害組織が自衛隊だとおもったからだ。

その時の住まいの裏手には、自衛隊の駐屯地があった。ある夜中に、突然異様なサイレンの音が聞こえてきた。そして、眠っていた娘の全身が何か細かく強力な空気で撃たれているように動き、娘はうーうーと苦しそうにうめき始めた。わたしの体で娘への攻撃を防ごうとしたけれども、効果がなかった。それで娘を起こして外に出た。夜中の2時か3時だった。11月の北海道は寒い。しばらくの間外に出ていたが、サイレンの鳴り響く夜空を見ているのも気分のいいものではなく、じきに家の中に入った。

強烈な娘への攻撃はその後来なくなったけれども、ラジオ放送が聞きとれないほどに妨害波が強く、実際,体感できるほどの何かが来ていた。どうにかしなければと思いながら、どうにもすることができなかった。わたしにはハイテク知識がまったくなかった。

自衛隊を抱えているのは政府組織、その政府は資本主義の政府なので、体制が違う国ならこの攻撃がないかもしれないと思い、キューバ行きを決めた。

資本主義体制でない国はいくつかあったけれども、わたしはどこにも魅力を感じていなかった。中国は共産主義と言っても、本来の共産主義の良さも自由もない国だということは知っていたし、北朝鮮はお話にならない世襲制の独裁国家だし、ベトナムは気候が蒸し暑いようだし・・・。ということで、キューバになった。それに、元々中南米には興味があり、私の大好きなビクトル・ハラはチリの人だった。チリに行かなかったのは、アメリカの言いなりになるという点で、日本と大差ないと思ったからだ。

::

今、低周波のためかと思いますが、気持ちが悪く、前頭葉も圧迫されていて、これ以上書き続けられません。また後で書きます。
(12月1日夜)

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