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2011年11月

2011年11月24日 (木)

言葉の難しさ

昨日、あるブログへのコメントを書いたら、「削除しました。」というメールをいただいた。

削除した理由を、そのブログ主さんは丁寧に書いてこられた。わたしは大変申し訳ないと思い、そう返信した。すると、もっと丁寧なメールをいただいた。それを読んで、つくづく自分の至らなさを思った。

言葉というものは、鋭利な刃物にもなりうるのだということを教えていただいた。
また、自分の物差しが誰にも通用するものではないこと、良かれと思ってすることであっても、受け取る人にとっては致命的な衝撃となることがある、ということを教えていただいた。肝に銘じておかなければならない。

言葉にそれほどの威力があるのだということを初めて実感したできごとだった。
そのブログ主さんに心から感謝している。

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2011年11月19日 (土)

ボランティア

毎週水曜日、午後2時からボランティアで英会話を教えることになった。

今日(11月16日)で3回目。

この1週間は、ブログを更新できない程度の鬱状態で、被害関係のことには触れたくない状態にされていた。こんなことは初めてだ。1日や2日間何もやる気が起きないことは今までに何回もあったけれども、被害者仲間の活動にさえ触れたくないということは、わたしにとって考えられないこだった。活動なしにi生きてゆくことは、この犯罪が解決しない限りありえない、と思っていたから。

「精神的に辛いときには行動すること」が、それから抜け出す早道だということを知っていたのに、何もできないでいた。
ところが、ボランティアを終えた時、メール見るのがまた、楽しくなっていることに気がついた。

英会話を教えるとはいっても、もう何年も英語から遠ざかっていたため、忘れている単語も多く、なかなか簡単ではない。それでも始めたのは、長崎に来てからずいぶんお世話になっているMさんのお役にたちたいと思っているためだ。
もちろん、加害者はMさんにもわたしの誹謗中傷をしたはずだけれど、Mさんは並はずれて立派な方なのだと思う。

教える為には準備が必要で、私の恩師でさえ教える時間の最低2倍の時間が必要とおっしゃっていた。

どう教えたら、生徒さんが理解しやすいか、どのようなやり方をしたら楽しく覚えていただけるか、を考えながら教材を作って行く。それだけで、何時間もたってしまう。
それが、私の気持ちに良い結果を与えてくれた。

何かを他人のためにするということは、自分を幸せにすることなんだということを、あらためて感じている。

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2011年11月 6日 (日)

すべては変化する

30年くらい前に、ある知人が言った。

「すべては変化する。」

私は不服だった。

「変わらないものもあるでしょう。」

「たとえば?」

「愛情とか。。。」

「いや、すべては変化します。」

「だって、本当の愛情というものはありますよ。」

「はい。深くなって行くんです。」

その時の感動は、忘れられない。


同じころ、銭湯で観たNHKの教育番組も素晴らしかった。

人間だったか他の動物だったかの背骨の細胞の様子をみせてくれた。

古い細胞が死につつある時、新しい細胞が生まれてくる。

人間の歴史もまた同じ。

人々の不幸の上に成り立っている権力は、すべて崩れ去る。

立ち行かなくなった資本(=お金)主義は、このまま無理やり存続させれば、やがては滅びる運命だ。。

お金が人の命よりも重視される社会は、滅びるしかない。

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2011年11月 2日 (水)

大好きなバザー

歳を取るにつれ、物に対する執着がなくなってきた。
お店に行っても、化粧品や宝石のところは素通り、私の眼を引くことができるのは、お茶と和菓子だけだ。花は買っても加害側の攻撃で早く悪くなるので、買わない。なので見ないようにしている。

経済的な理由もあるのだけれど、バザーに行くのが大好きだ。
バザーには掘り出し物がいっぱい♪

しばらく前、長崎に来て以来2回目のバザーに行ってきた。
楽しみにしていたのに、こちらの不慣れと、案内のチラシの書き方のまずさで同じ名称の他の建物に行ってしまい、会場についたのは終了時刻まぎわだった。

買いたかったものは買えなかったけれど、掘り出し物を手に入れた。
急須と湯のみのセットがなんと200円!
その日からずっと、その急須と湯のみを使っている。
お茶を飲む度、嬉しい気持ちになる。

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2011年11月 1日 (火)

加害側が嫌がること

昨日は一日中PCの邪魔をされた。

マウスを触っていないのに、画面が勝手にスクロールされる。くるくると素早く動く。
しばらくそういう状態が続き、ついに、画面が全く反応しなくなった。

夜の9時過ぎには広島の被害者仲間とskypeの予定だったのに、どうにもならなかったので、しかたなしに。その方と共通の被害者仲間に電話して、事情を説明してくださるようお願いした。
そのかたにはお会いしたことがないけれど、最近「集団ストーカー被害者の会ネットワーク」に入られ、積極的に街宣活動をされているので、skypeできるのを楽しみにしていた。

この記事を書き始める少し前、PCを起動させた時、やはりいつもより反応が遅かったので、「またか。」と思いながら、ふざけて言ってやった。
「大物には邪魔をするんだな。」
そのとたん、PCが反応した!

これからは、邪魔をされるたびに自分を大物と思うことにしよう。これはいい手だ。


実際のところ、わたしは大物でもなんでもない、ただのちびデブおばさんだ。
このブログに貼っているリンクでさえ、新たに付け加えることができないほどの機械オンチだし、やることもトロい。
けれども、思い出してみれば、周知活動に積極的ではなかった頃だって、色々と邪魔されて散々な思いをしてきた。ならば、どうせ邪魔されるのなら、自分にとって都合のよいほうに解釈すれば、ミラー細胞もうまく働いてくれるし、気分も良い。

加害側は、被害者がプラス思考になるのを嫌がるので、これは良い行き方だと思う。


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